ジャーニーがスティーヴペリーと共に残してくれた歴史物語
今回は民衆にとっては本来、例えば観光なんかにはには不可欠と言わざるを得ないほどの、ジャーニーなるロックグループが残してくれた最高傑作を話題に取り上げていこうと思います。
併せて、そのジャーニーにとっての躍進期におけるシンガーとして大活躍してくれたスティーヴペリーにも焦点を当てつつ、その先人としてのお手本を見出していこう、というところでもあります。
ここでまずはごく簡単にこのジャーニーなるロックグループに関する説明から入っていきます。
元々は70年代前半、カリフォルニア州はサンフランシスコにて結成され、70年代後半におけるスティーヴペリー加入後、80年代初期には世界的ロックグループとして目覚しき発展を遂げたバンドでした。
そのまさにスティーヴペリー特有の艶と伸びのあるハイトーン・ヴォーカルと併せて、グループ自体の音楽性としてもロックンロールにプログレ、ハードロックに果てはヘヴィメタルにも精通すべくものでありました。
言い換えるなら、ジャーニーほど多角的なジャンルに通用したグループは歴史的に見ても希少価値の高いものであった、と言っても大げさではない、とも言い伝えられているようです。
したがって、そんなジャーニーが世に送り出し続けてくれて来た最高傑作達の中でも、特に選び抜いた作品達を絞り込んで、これより紹介していこうと思います。
ジャーニーのスティーヴペリー加入と、飛躍的な成功の実現
ジャーニーが世界的ロックグループとして高く認知され始めたのは、80年代初頭ではありましたが、彼らとしてもそれまでにはあくまで地道な積み重ねをしてきました。
先ほどヴォーカルにスティーヴペリーを迎えたのは70年代後半といいましたが、このスティーヴペリーによってジャーニーは着実に世界的成功への道を辿って行ったと見るのが、相応しいとされております。
まずはこのスティーヴペリー加入後のアルバム「インフィニティ―」が1978年に発表されてプラチナディスクを獲得して以来、翌1979年そして1980年と着実にプラチナディスクを獲得し続けて来ました。
そして1981年に発表されたアルバム「エスケイプ」では遂にビルボードで最高位1位を獲得、売り上げとしても全世界で1000万枚以上を記録、ジャーニーにとってはこれぞまさしく歴史的最高傑作の第一弾となり得たのです。
よってこの「エスケイプ」により、ジャーニーは世界的にもロック業界においてスターダムにのし上がり、その地位を不動なものとして来ました。
ここで「エスケイプ」とはいかなる最高傑作だったのか、紹介していくこととします。
まずその音楽性及び音質としましては、ジャーニーなりには当時の最先端に立っていたかな、と言うところです。
随所にハードロックなりのヘヴィな感覚を演出しながらも、シンセサイザーに代表されるデジタル的感覚も新時代の幕開けに相応しい、斬新なものとして是非とも着目すべきところであります。
またスティーヴペリーのヴォーカルによる演出力も唯一無二なものであって、高音域でありながらもまさにストーリーテラーとしての聴かせ方が、ジャーニーの生み出す音とメロディーと融合し、孤高なる名曲達の作品集となっております。
さらにこの最高傑作「エスケイプ」から厳選した名曲達としては、「ドント・ストップ・ビリーヴィン」と「オープン・アームズ」の2曲です。
前者の「ドント・ストップ・ビリーヴィン」は2000年代前半から半ばにかけて日産エルグランドのタイアップ曲としても採用され、まさに壮大な旅即ちジャーニーにとってのバンド名をも象徴すべく絶対不可欠なトレードマークというべきです。
また後者の「オープン・アームズ」もまた壮大なイメージを演出するバラードというべき名曲です。
数あるバラード曲の中でもスティーヴペリーによる語りが、ただ悲しさ切なさだけでなく、明日への希望をも目覚めさせてくれる、そんな最高傑作でもあります。
またこの「エスケイプ」の次作のアルバムとしては「フロンティアーズ」(1983年発表)もまた、ジャーニーなる先駆者を語るに当たっては、絶対不可欠な最高傑作として認知すべきところです。
さらにその中から厳選した名曲としては「セパレイト・ウェイズ」が大ヒットシングルとしてその名を絶大なものにしました。
ヘヴィな音楽性と叙情的なメロディーを組み合わせ、勿論スティーヴペリー特有の歌唱とも相まって、ジャーニーなりの情熱的なロックの本質が体感できる、言ってしまえばそういうところであります。
ただこの「フロンティアーズ」の実績に関しては、チャート最高位は1位は獲得できなかったものの、アメリカでは2位、イギリスでは6位をそれぞれ記録し、勿論ジャーニーによる歴史的最高傑作として語り継がれているのは、言うまでもありません。
ジャーニー及びスティーヴペリーによる歴史的実録は末永く継承される
80年代においてスターダムに駆け上がったジャーニーでしたが、彼らとしてもまた、今日に至るまで数十年に渡って紆余曲折を繰り返してきました。
上記に挙げたバンドの世界的成功により、一見全てがうまくいっていたように思えましたが、80年代半ばにおいてスティーヴペリーがやむを得ぬ一身上の都合でバンドを脱退せざるを得なくなりました。
それから再びスティーヴペリーは90年代半ばにジャーニーに復帰してアルバムを発表するも、その後は厳しい状況が続いていたようです。
というのも、スティーヴペリー自身としては何より健康上の深刻な問題により、アーティスト生命を左右しかねないほどの様子であったとされております。
したがってジャーニーとしても、このようなスティーヴペリーによる健康問題により長い間低迷期を迎えることになりましたが。
しかし、ここで救いの手を差し伸べてくれた出来事が、フィリピン人のアーネルピネダがスティーヴペリーの後継者として加入してくれたことでした。
以来、その正しく不屈の生涯を諦めずに突き進んできたアーネルが重役を果たしてくれたこともあり、ジャーニーは最前線へと復活、スタジオアルバム発売にコンサートも実施、後々は来日ツアーも実現させてくれました。
スティーヴペリーがいなくとも、もし仮に後継者としてのアーネルに対してあれこれ思うことがあろうとも、ジャーニーがスティーヴペリーと共に残してくれてきた先駆者としての歴史的実録が末永く語り継がれていくのは、紛れなき真実であります。
今回紹介したジャーニーの最高傑作達もまた、以下よりご視聴いただけます。👇
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